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味噌は逞しい日本人の食べ物であった

長老に話を聴く機会があった。
旧日本陸軍が中国大陸に出兵していた頃、味噌は兵隊さんの大事な糧秣(りょうまつ)だった。
それを日本からどうやって運んで、さらに馬につけて前線を移動するのか。ビニールの袋など無い時代である。
町で味噌を売っているスタイルはみんな量り売りで、木皮(キッカワ)に包んで紐で縛っていた。
「樽に入れる」という手もないことはない。船で運んでいくときはそういうスタイルもあったらしい。
しかし前線まで運ぶとなれば、道は荷車が通れるとは限らない。山越え、谷越えである。そうなると馬の背に樽の味噌というわけにはいかない。
「じゃ、どうしたんですか?」「カマスよ」「えっ、カマスってワラで作ったあのカマスですか?」「そっ」
「そっ、たって味噌が染み出しちゃうでしょ、あれじゃあ」「だから全部食べるの、外側も」
「ウソ、牛じゃないんだから・・」「イヤ、結構食べられたな。今の味噌よりうまかった」「・・・・」
味噌は常に日本人と共にあった。逞しい日本人の大事な食べ物であった。

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