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味噌と食文化 2012年6月11日

毎日、鳥インフルエンザのニュースが流れている。
病原菌というものは、昔も今もどこにでもあるものだという。
しかし健康への脅威はかつてより格段に高まってきている。
食べ物は豊富にあるのに、どれもこれも安心できない。これは現代日本における大きな不幸である。
おいしいものだけ食べる、良いところだけ食べる、食べたいだけ食べる、こういうことを「食文化」とは言わない。
長い歴史の中で今ほど「食文化」を粗末にした時代はないのではないか。
「味噌」はもともとおいしくない食べ物である。
そこにダシを取ったり具を入れたり、様々な工夫をして「おいしい味噌汁」に作り上げている。
手間がかかり、面倒なことである。しかしそれが「本来の食」である。
「食」における不安は、日本人が食文化を見失ったのと時を同じくして広がってきた。
味噌汁がある食卓、味噌を使って調理された食事には、日本人にとっての「正しい食の背骨」がある。
「何を食べたらいいのかわからない」という声がある。
そんな時こそ伝統的な食文化を見直してみよう。
そこにある当たり前で普通で質素な「食」、それが我々のまっとうな食文化である。

味噌は味噌汁の素? 2012年6月11日

味噌は味噌汁をつくるためだけにあるのではない。
それは、「材木は家を造るためだけにあるのではない」というのと近い意味である。
味噌はもともと調味料であり、「何かの素材に味をつける=調味する」のが本来の役目である。
それをだし汁で10倍に薄めて、味噌汁として飲むのは調理法の一つに過ぎなかった。
そういえば「アラ、そうだったの?」という声が聞こえそうである。
その位味噌という調味食品は調味料としての意味合いが薄れて、「味噌汁の素」となってしまった。
そうなったのは、市場環境の変化つまりお客様の事情によるというばかりではない。
味噌屋の側の、味噌汁という優れた料理品目のみに頼った商品開発、宣伝販売戦略、説明抜きの大量供給が、
結局味噌の可能性を狭く閉じこめてしまったと思う。
野菜でも肉でも魚でも、1日漬けでも、1年漬けでも自由自在。
煮ても焼いても砂糖を入れても油を混ぜても、融通無碍。これが味噌である。
「そのまま薄めれば、ハイ出来上がり!」の便利さのみが強調されれば、味噌の本質からお客様の視点が次第に逸れてしまう。
やがて地域特性も多様性も不要になる。そして味噌の文化が崩れ去ってしまう。

味噌の値打ち 2012年6月11日

味噌が健康増進に役に立つ食品であることは、よく知られてきた。
近年それが、「イソフラボンがいい」とか、「ギャバ(γ―アミノ酪酸)」がいいとか評判になり、味噌=健康食品としてのイメージさえ出来つつある。
 それはそれでいいと思うが、日本人は味噌との長い歴史の中で、健康のために味噌を食べてき訳ではない。
それぞれの時代における様々な食べ物の中で、
「おいしくて、用途が広くて、保存がきいて、比較的安価で簡単に造れる食べ物」だったので、受け継がれ残ってきたのである。
 味噌の価値は、長い間の多くの人々の評価に基づいて出来上がってきたものである。
従って「身体にいい」ということだけが味噌の値打ちなのではない。
増してことさらに健康によいといわれる成分を混ぜ込んだり追加したりして、
薬を飲むように味噌汁を飲む、というのは本来の味噌の文化に馴染まないと思う。
 日本人の知恵の結晶ともいえる味噌を、ただの「味噌汁の素」にしてしまってはもったいない。
味噌の持つ多様な可能性、潜在力にスポットを当てて、
様々な味噌を造り出し、日本人の豊かな食文化に貢献したい。これが私たちの夢である。

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