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味噌は逞しい日本人の食べ物であった 2012年6月11日

長老に話を聴く機会があった。
旧日本陸軍が中国大陸に出兵していた頃、味噌は兵隊さんの大事な糧秣(りょうまつ)だった。
それを日本からどうやって運んで、さらに馬につけて前線を移動するのか。ビニールの袋など無い時代である。
町で味噌を売っているスタイルはみんな量り売りで、木皮(キッカワ)に包んで紐で縛っていた。
「樽に入れる」という手もないことはない。船で運んでいくときはそういうスタイルもあったらしい。
しかし前線まで運ぶとなれば、道は荷車が通れるとは限らない。山越え、谷越えである。そうなると馬の背に樽の味噌というわけにはいかない。
「じゃ、どうしたんですか?」「カマスよ」「えっ、カマスってワラで作ったあのカマスですか?」「そっ」
「そっ、たって味噌が染み出しちゃうでしょ、あれじゃあ」「だから全部食べるの、外側も」
「ウソ、牛じゃないんだから・・」「イヤ、結構食べられたな。今の味噌よりうまかった」「・・・・」
味噌は常に日本人と共にあった。逞しい日本人の大事な食べ物であった。

味噌は腐らない。しかし・・・  2012年6月11日

味噌は腐らない、と以前に書いた。
味噌は生きている食品なので熟成を続け、やがて過熟に至り風味を変えはするが、腐敗することはない。
食品において「腐らない食品」というのは少ない。
そのもの自体は腐らなくても、有害微生物が繁殖したりして食用には適さなくなるものが多い。
その意味でも味噌は希な食品といえる。
昔は貴重な塩を蓄える手段として、味噌を使ったこともあった。
塩は腐らないが、にがり成分の多い昔の塩は、空気中の水分を吸って揮発し流れ出した。
戦さに備えてたくさんの兵糧を蓄えねばならなかった時代に、樽で熟成させておけば何年分でも持つことが出来る味噌は重要な戦時物資だった。
昔の人が5年前、10年前の味噌を食べていて、今は6ヶ月の賞味期間しかない、というのは本来おかしな話である。
おいしく食べられるという意味では一面間違いではないが、それにしても「6ヶ月」という期間の根拠はうすい。
味噌は腐らない。しかし味は変化する。好みの食べ頃の時期を自ら決めて頂くのが一番である。

ワカメの味噌汁  2012年6月11日

秋月辰一朗著「体質と食物」という本がある。
戦前、病弱だった秋月少年は医学を志した。
長崎では自ら被爆しながら多くの被災者のために働いた。
爆心地から1.8キロメートルの秋月医師のいた病院だけ、介護者に原爆症がでなかった。
病院が味噌とワカメの集積場所であったので「ワカメの味噌汁」ばかり飲んでいたことが一因であろうと氏は思った。
秋月先生は臨床医として食べ物と人の身体の密接な関係を痛感した。
多くの患者に接し研究を重ねていくうち、日本人にとって「食」の要は味噌汁であるという確信にたどりついた。
「子供が病気で何も食べられない」と相談にきた親にみそ汁を薦めた。
「なんだ、味噌汁か」と、不満そうだった。味噌汁など食べても食べなくてもすむものだと考えている。
だが先生は「わかめと油揚げのみそ汁」が病弱だった自らの身体の要(かなめ)であったことを語り、患者に薦め続けた。
「道は近きにあり。これを遠きに求む」という。味噌汁は秋月先生を始め、多くの人の命を救った。すばらしい食べ物がここにある。

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