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塩と健康 その4  2012年6月11日

「塩は健康に悪い」この一見あたり前で「常識」の様にいわれていることに味噌の立場から「本当にそうか?」と疑問を提出するのがこのシリーズのねらいであった。
「誰が」「いつ」「どんな風に」摂っても「塩」でありさえすれば「健康に害をおよぼす」とする考え方に反対するものであった。
情報化社会の利便性は一方である決めつけ、思い込みを短期間に社会的常識としてしまう危険性をはらんでいる。
一度貼られたレッテルはその詳細な説明や根拠、いわれや範囲などを一切無視した軽薄で盲目的な形で固定化定着してしまいやすい。
誰も反論できない、一度いわれれば誰もが気になる「からだに悪い」ということ。
生活レベルが上がり余暇ができ人々の興味が「健康でありつつけること」に集まってくれば「何よりも身体が大事」となるのは当然の事である。
がしかしである。「健康」は人生にとって必要不可欠な要素には違いないが、人生の目的そのものではない。
「健康に生きて何をするか」が「その人の人生であり目的であるからである。
その目標を彩る、衣食住、趣味嗜好、内面生活があり、それを支えるのが体の健全さ、すなわち「健康」なのだという関係である。
加えていうなら「国民1年間の読書量はなん冊が標準です」という尺度で教養は量れない。
様々要素が多すぎて「本一冊」がどのように「その人」に影響を与えるか、を計量することは出来ない。
食品分析化学の発達は食物を「成分の集合物」のような錯覚をもたらす。
ひいては子供の食事に1日1回「カロリーメイト」をかかさない、といった宇宙科学的発想のインテリ母親も登場し、自慢げである。
「わが家は毎日最大塩分摂取量8g以下を厳守しています!」それもいい。慣れてさえしまえばそれまでだろう。
しかしここに出てくる「毎日」「厳守」の類は病人でもない、ましてある目的をもって飼育されているもない一般の家庭人の食卓には本来馴染まない。
話はとぶが、「味噌がガンに効く」といった記事が近年新聞紙上をにぎわした。
疫学的に味噌汁を食べる家庭と食べない家庭とでは発ガン(胃がん)率に明確な差があるそうである。
ここで例によって「味噌には抗がん性物質が含まれている」という話をするのではない。
食卓に味噌汁が登場する食生活スタイル、あたたかいもの、食事の時間に合わせて用意されたものが並び皆が顔を合わせて食べる食事。
これといったご馳走はないが「あたりまえ」の安心感のある食卓。
「抗胃がん性」はこういった「食のスタイル」にこそ含まれているのではなかろうか。
時には食べ過ぎたり、あるいは食べ足りなかったりする。それを許容する「おおらかさ」が家庭の食生活には欠かせない。
少し前までは食べ物の成分を「なんグラムまで」などと指し示すことはなかった。
ただ年寄りが「腹八分目だ」とか「馬鹿の三杯汁」とか言って戒めた。
そうして生きてきて今平均寿命を上にひっぱり上げている人たちは立派に長寿国日本の記録を支えてくれている。
死亡原因一位の脳卒中を減らすことは、それによって人が永久に死ななくなることではない。
「死」が人に与えられた運命であるならそれまでの時間稼ぎを目的化するようなことはつまらない。
心豊かに自然に振舞う昔からの知恵に、現代科学が無機質なトゲをさすことが無いことを祈りたい。
誌面が尽きた。連載の最後にあたって申し上げたい。
夏の朝、目覚めとともに香ってくる「茄子とミョウガの味噌汁」の香り。
これに思わず1.5gのうしろめたさを感じること、これがまさしく不健康なのだと。(完)

塩と健康 その3  2012年6月11日

前回の文末に「大根と豆腐の味噌汁」が、いくぶんなりとも「毒」になっているとは思えないと書いたが、「少しは毒だ」と思っている人は意外に多い。
栃木県 には「県民総ぐるみ減塩運動」なるものがあり、それ自体は結構なことなのであるが、「だから味噌汁は3度を1度にしている」ということにると、ここで疑義 を申し述べたい。
前回までに日本人全てが食塩に対し過敏な体質、あるいは病気をもっているわけではないし、一律10gといった基準も個体差を考えた時には あまりにも大ざっぱにすぎると述べた。
もちろん「塩はどんどん摂っても構わない」と極言している訳でも「減塩運動」を無意味なものと決めつけているのでも ない。
がしかし、ここで強調しておきたいことは「塩分の摂取を恐れるあまりある食品を決して食べないなどと言うのは間違いだ」ということだ。
現にそういっ た風潮、ある食品を「害のあるもの」=「毒」と見る風潮が一部に存在するようにみえる。
梅干し、白菜のおしんこ、納豆、生卵、鯵の干物、昆布の佃煮、しじ みの味噌汁……朝食に並んだ「塩分食品」の数々。
「これでなんグラムだろうか?とりあえず佃煮と梅干はやめとこ。納豆の醤油はタラタラッと、おっと、かけすぎー。たまごは醤油どうしよう。あぁそうそう、納豆の醤油をこっちに戻してと。
干物は?なんか塩っぱそうだなァ、ヤメタ。おしんこなし!味噌汁やめ!いただきまーす」
こういうのを「食事に気をつけている」というのだろうか?
私たちは食べることによってしか健康を維持できない。
しかも多種類の食物をバランスよく食べるこ とが必要なのであって「体に良い健康食品」でさえ食べ過ぎれば不都合なことはよく知られるところである。
「味噌汁一杯塩分1.5g1日3回で4.5g、 ウーン予定数の半分かー」そうではない!白い結晶をぺろぺろ嘗めて5g食べているわけではない。
「料理」としてダシが入る、具が入る。そうやって何百年も たべつづけられてきたノウハウがある。
「わかめ」は血圧安定効果が高く世界的に注目されている食品だが、その消費の七割以上が「味噌汁の実」による。
豆腐を低塩で食べる方法は味噌汁だし、健康 食品の誉れ高いしじみに至ってはその消費のほとんど全てが味噌汁の実によってである。
つまり味噌汁を飲まなければしじみを食べる機会は無くなり、わかめも 数々の野菜も豆腐もそれに準ずることになる。
味噌汁という日本人独特の食べ物は、おいしく栄養価が高く誰にも好まれ飽きが来ず、
備蓄性も良くて安くてかつ簡単に作れ、その上なん百年もの食生活の歴史 においてその安全性が実証されている。
これ程優れたバランス食品は世界にも例を見ない。
いまさら1.5gがどれ程のことなのか。故事にいう「角をためて牛 を殺す」ことになりはしないか。
重ねて言おう。「ワカメと里芋の味噌汁」はいくぶんたりとも「毒」ではないと。

塩と健康 その2  2012年6月11日

ふだん私たちが「塩」と言っているものは「塩化ナトリウム」のことで体内では解けてNa+(ナトリウムイオン)とCl-(クロムイオン)にわかれて存在する。
このうちNa(ナトリウム)が様々な「塩害」を生むということになっているが、これはむろん「害」するためにだけ存在しているのではない。
体内に入った「ナトリウムイオン」は血液中に入り細胞内のK+(カリウムイオン)との濃度バランスによって、血中の栄養分を細胞内へ移行させる働きをする。
従ってこれらは生体にとって非常に大切な必須微量栄養であり、体内では、これらのバランスが極めて重要である。
つまりナトリウム=塩の摂取量はカリウム摂取量とのバランスにおいて考える必要があるのである。
これがナトリウム・カリウム比(ナトカリ比)が問題にされる理由である。
食品の中でナトカリ比が高い(ナトリウムに比べてカリウムが多い)ものの代表は大豆を初めとする豆類であるが、野菜の多くもその中に入れられる。
欧米諸国と塩分摂取量の単純比較を行い、もって日本人の塩分摂取の根拠にされることがあるが、
それらの国々と比して圧倒的に野菜、豆類、穀物を摂る日本型食生活において
単なる含有グラム数のみに基準線を設けることにもはじめから無理があるのである。
では、健康な日本型食生活とは何か。
諸説によれば、過食を慎み、魚介類、肉類を含んだ多種類の野菜中心の食事を日に三度、ということになろう。
当たり前のことではあるが簡単なことではない。
現代の豊かな経済情勢は、洋風化という名の簡便化、街角乱食文化といった偏った食生活と過食をもたらした。
それらと機を同じくして起こる健康食品ブーム。
「食べてはならない食品」や「食べなければならない」食品群が一覧的に並び、世の中の「食べ物」が「毒」と「薬」に分かれた感すらある。
「1日、これ以上はイケマセン」「コレとコレは必ず毎食食べるように」「病気になりたくないのならメニューの点数を守って」「アナタは我慢がたりません!」……
『何か違う』と思う。
朝、炊きたてのご飯に、出来立ての味噌汁を飲む。
特に変わったものはないが、「あたりまえの安心」のある食卓。
家族みんなのために用意され、みんなで食べる食事の時間……。
それらにいま改めて何をいうのだろう。
含有成分羅列の「知識集約型メニュー」はなに程これらに優ると言えるのだろうか。
くどいようだが病人は別だ。しかし日本人すべてが病人ではない。
患者が病気を「治療する」のと健康人が日々有意義な人生を送らんとして「生活する」のとはおのずと違うことである。
「食」は科学であると同時に文化である。
あらぬかんぐりによって自らの寿命を憶測しストレスとするのは愚かなことではあるまいか。
寒い朝、ふうふうと飲む「大根と豆腐の味噌汁」がいくぶんなりとも「毒」になっているとは思えないのだが。

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