いつもお世話サマー 大切なあの方へ・・・

覚えていますか、あの暑い夏の日の事を
お味噌の香りと共に思い出す懐かしい若かった頃の父の後ろ姿、
友達と遊びまわったトマト畑
今年も味噌を贈ります。あなたの幸せと健康を願いながら・・・。


第一章 造るひと

白い花

『麹子・・・今お父さんが電話で忘れ物したから届けてほしいって言うだけど行ってもらえない?』その日の朝いつもならたいてい寝ている時間だが母から起こされた。さっき出勤した父が今日使う物を玄関に置き忘れてしまったらしい。母もこれから勤めに出るので間にあわないと言う。少し不機嫌に「行ってもいいけど」と返事をした。麹子は今大学の夏休みで宇都宮に帰省しているのだ。遊んでいる身としてはことわることが出来ない。父の永野康造は地元では古い味噌の製造会社に勤めていた。なんとなく陽の射さない暗い建物を思い出し少し憂うつになった。父の会社の入り口に自転車をとめた。若い二人の事務員が珍しそうに麹子の方を見ている。ちょっと挨拶をしてそれから父のいる工場の方に向かった。子供の頃遊びに来ていた時とそれほどかわりはなかった。つうんとする臭いが鼻をついた。大豆を蒸しているのだろうか、などと考えているといきなり中年の女性から声をかけられた。

「あんた永野さんのとこの麹ちゃんかい。」鞠子はとまどいながらうなずいた。

「大きくなったネ、お父さんとそっくり。」

「そうですか?」と笑顔で答えたが父に似ていると言われるのは正直あまりうれしくなかった。「もしかして石山のおばちゃん?」麹子は少し元気をとりもどして聞いた。「そうだよあんた小さい頃はよく遊びに来ていたけどもう大学生なんだって。」「ええ」又小さくうなずいた。

「そうだもうお茶の時間だからあんたも休んでいきなよ。」石山は親しそうに笑った。「でも私お父さんに忘れ物届けに来ただけだから」と逃げ腰になると遠慮していると思ったのかせっかく来たのだからと強引につれて行かれた。入り口の所で二十二・三歳の青年と目が合った。あわてて会釈をすると「この人河下君。青元味噌の期待のホープだよ。」石山が言った。今どきあまり聞かない「期待のホープ」という言葉がおかしかったので麹子も河下も顔を見合わせて同時に笑った。

小さな丸椅子に腰かけてすすめられるままにお茶を飲んでいると父の康造が入って来た。「きっちゃん悪かったなあ。」いつも家出呼んでいる呼び方だが他の人の前で子供ぽく見えたようではずかしかった。

父に続いて何人もがどやどやと休憩室に入ってくる。それでも多い人数ではない。十人くらいが集まった。石山が急に麹子の幼い頃の話をはじめた。「昔は味噌を作るのも泊りがけだったから麹ちゃんはさびしくなってお母さんといっしょに会いに来たのをおぼえているかい?」「ううん」麹子は頭を振った。

「案外お母さんがさびしかったのかもしれないぞ。」ひたいの半分以上はげあがった早坂という老人の言葉に全員が笑い出した。休憩の時間が終わり、麹子も石山や河下などに挨拶をして会社を出た。工場から出ると日射がだいぶ強くなっていた。一瞬まぶしさで、目の前が見えなくなった。自転車で家にたどりつくまで首の後ろがじりじりと痛かった。流しの冷たい水でほてった顔を冷やしながらさっきの石山の言ったことを思い出していた。覚えていないと言ったのは照れ臭かったからだ。糀室(こうじむろ)と言うのだろうか。父が糀を作っていた部屋。本当に今日のように暑かったのだと思う。幼い頃見た父は大きな体をぐしょぐしょにして頭からは湯気が出ていた。体じゅうが赤くほてっていた。お風呂にでも入っていたのかと聞くと大切なお味噌のもとを作っているのだと母が答えた。又よく出来た糀というのは真っ白い花が咲いたようだとおしえてくれたのも父だった気がする。麹子の想い出の中の糀の花がよみがえって来た。白くやわらかな綿をかぶせたような花。はじめて見た時あれがとてもきれいに見えたのは父が誇らしげに白い花という言葉を使ったからかも知れないと思った。父の手からこぼれた白い花。父はもう若くない。あの仕事は今はコンピューターで管理しているのだという。急に麹子の目に今日工場でみた河下の明るい笑い顔が浮かんできた。


第二章 贈るひと

赤の記憶

九州で梅雨があけたというテレビの天気予報を聞きながら大量にたまった洗濯物を見て信子はうんざりした。ベランダに出て小学生の勇一の運動着や夫の作業着、小物を干しシーツまでかけると狭いアパートの物干しは、いっぱいになってしまう。

洗濯仕事が一段落するとインスタントコーヒーを飲みながら新聞の求人欄に目を通すのがこの頃の信子の日課だ。そろそろパートに出たいと考えていたからだ。あまりめぼしいところはなさそうだとあきらめると新聞をとじた。間にはさまっている広告を見ていると―お中元―という文字がやたら目についた。雨ばかりだというのにもそんな季節か・・・今年も夫勇太の仕事関係や親戚のことを考えて憂うつな気持ちになった。「昔は良かったなあ。気のあう友達だけプレゼントすれば良かったんだから。」一人言をいって幼なじみの洋子のことを思いだしていた。お互い家庭をもつようになってからは疎遠になり今では二~三年に一度電話しあうくらいになっていた。洋子の方は二人目の子供が昨年出来てしばらく仕事は休んでいるはずだ。電話をかけようと思ったが遠距離だしむこうが都合悪い時に当たってしまってはと考えると急におっくうになってしまった。洋子とは特に仲が良かった。たくさんの思い出があるが夏というのは特に印象深いような気がする。

 小学校四~五年生の頃田舎で育った二人は夏になると近所の畑でいっしょにトマトをもいだ。洋子の親類の家でハウストマトを栽培していて、朝トマトをもぎとる。わずかだがおこずかいがもらえたと記憶している。それに何よりあのもぎたてのトマトがあんなに甘いとは思ってみなかった。朝だけちょっとトマトをもいでお手伝いが終わるとハウスのそばの神社でよく遊んだ。熟れすぎたトマトを二~三ケもらって来ると境内のすわりやすい所を見つけて二人はならんでトマトをほおばった。ハウスの中は息をするのが苦しくなるくらい暑い。のどが乾いてちょうどそのトマトが飲み物のかわりになるのだ。昼に一度帰り、あとは夕食の時間までのすべてを信子と洋子はいっしょに過ごした。外で遊びつかれると二人は信子の家に行く。時々は信子の大正生まれの祖母がおやつを出してくれることがあった。おやつといってもたいしたものではない。炭酸でふくらましたみそパンだとか冷や飯のおにぎりにみそをつけただけの簡単なものだった。それに茄子やきゅうりの漬物がそのまま一本ついてきた。信子の母がいる時は漬物が小さく切られてしまうが長い物を一本そのまま食べるというのが子供にはおもしろかった。

『洋子ちゃんはあの夏を覚えているだろうか・・・真っ赤に熟れたトマトに味噌のおにぎり・・・』あの夏を共有した洋子へのなつかしい思いとともに祖母の味噌おにぎりの味がむしょうに食べたくなった。

つけっぱなしだったテレビが正午だとつげた。「どうりでおなかがすいたはずだわ」信子は一人納得して声をたてて笑った。


第三章 贈られるひと

ワンピース

洋子は夫と幼稚園にかよう上の子を送り出しやっと遅い朝食をとっていた。玄関のチャイムがなった。ドアをあけると小さな荷物を持った宅急便の男が立っていた。荷物を受け取ると、なつかしい「信子」という文字がとびこんで来た。結婚して何年にもなるが友だちの新しい姓というのはなかなか記憶が出来ない。宅配の住所が記入してある用紙をやぶらないよう気をつけながらはがして箱をあけた。タルに入った味噌と便せんが出てきた。やや右上がりの見覚えのある信子の文字だ。『洋子ちゃんお元気ですか?洋子ちゃんは私たちが過ごした夏の・・・』

信子の手紙を読んでいくうち、洋子は、田舎で過ごした夏を思い出していた。とぎれていた記憶が蘇ってきた。内気な信子を洋子はよくつれだしたものだった。トマト摘みも洋子がやろうと言い出したのだし遊ぶ時も必ず自分が主導権をにぎっていた。そして気さくだった洋子は信子の家でも遠慮がなかった。「洋子ちゃんのおばあちゃんのおにぎりよね。」そう一人言をいいながらタル入りの味噌をとりあげた。ふたをあけて鼻先までよせた。一度夏用のワンピースを洋子の母が信子とそろいで作ってくれたことがあった。

頭の真上にあった太陽が少しかたむいても、その日は暑かった。ひたいから流れる汗を片手でぬぐいながら大きく切り分けられたすいかを食べていた。祖母がまがった腰に手をあていつもの味噌おにぎりを縁側に運んで来た。おにぎりを食べている時洋子は味噌を落としてせっかくのワンピースを汚してしまったことまで思い出した。信子の家ではその頃信子の祖母が自家製の味噌を作っていたのだろう。今とどけられた味噌よりはいくぶん香りがきつかった気がするがその味噌によく似ていた。「信子ちゃんかわってないなあ」

そう言いながら幼い頃ずっといっしょにいたからといってもずいぶん時間がたっている。信子の自分を思いやってくれる気持ちに久しぶりにあたたかいものを感じていた。さっききれいにはがした宅急便の用紙を手にとりながら信子の家の電話番号をまわした。「今度は信ちゃんに赤いトマトを送ってあげよう」と考えながら・・・