しあわせを贈ろう
思い出してごらん・・・。
温かいご飯と味噌汁。そしてそれを囲む家族の笑顔。
そこには、あたりまえの幸せがあふれていました。
忘れてはいませんか・・・日本の食卓。日本の心。
第一章 麹子は今・・・
麹子は眠りながらどこかで味噌汁の匂いを感じていた。一瞬寝ぼけて布団から肩を出したが身震いして又布団にすっぽりともぐってしまった。
「・・・寒い。」
だんだん覚めてきた眼で天井を見ている。昨日、東京から帰って来た事、これからの冬休みをどう過ごすか、など色々なことが、頭の中を巡っていた。鞠子は、勢いをつけて布団をはねのけると、居間の方へそろそろ歩き出した。出勤前の父が忙しそうに熱い味噌汁を懸命にふいている姿が、おかしかった。
「やあ、きっちゃん起きたのかい?」
父が振り返った。膳の上には、納豆やらは白菜の漬物などあいかわらずの物がのっている。
「こっちに来ていっしょに食おうや。」
「いらない。」
麹子は素気なく答えると自分の部屋に戻った。自分の馴染んできた生活の匂いというのを心のどこかに感じていた。だけどそんなものが、妙に気はずかしかったり、疎ましかったりすることがある。
「そんな年頃よ・・・。」
麹子はふざけた調子でつぶやいた。
第二章 気づき
麹子は、今、栄養大学に通っている。この冬もレポートの宿題が出たが、特に何について書くのかまだ決めていなかった。なにかレポートのテーマになるものはないかと、母に相談してみた。
「お父さんの書斎にでも行ってみたら?」
と、母は、忙しそうに食事の後片付けをしながら答えた。
「お父さんの書斎?」
書斎といっても、座敷の一角の本棚のことである。ここには小説なんかもたくさんあったが、大豆とか味噌とか仕事に関する本ばかりであった。適当に取り出してパラパラとめくってみた。
『昭和34年以降に生まれた日本人だけで構成される社会になったとき、日本人の平均寿命は41歳になる。』
と書かれていた。
「あれ、平均寿命って80歳ぐらいじゃなかったっけ?」
それからは引き込まれる様に読み入ってしまった。
人は、より楽をしたい、より贅沢な食事がしたいという思いから、環境も食生活も大きく変わってきた。今、長生きしているお年寄りたちは、少なくとも今の様な食事ではなく、ご飯と味噌汁を中心とした基本的な食事だった。その基本的な日本食が、一番体にも合っているんだなと思った。麹子は、自分の食生活を振り返ると、これから栄養士になる身としてちょっと気恥ずかしい思いがした。
第三章 家族の食卓
「おう、今帰ったよ。」
玄関で父の声がした。
「おかえりなさい。」
小声で言って迎えに出ようとした。
「あらあら、いらっしゃい。いつもお父さんが・・・。」
母の声が聞こえる。麹子は少し動揺し、何となく、伏せた本をまた開いた。父たちは、お酒を飲み始めたようだ。
「おーい、きっちゃん、河下が来てるぞ。」
「うるさいなぁ」
麹子は、不承不承という体を作りながら茶の間へ歩き出した。茶の間がまぶしいくらい明るく見える。
「だからな、味噌は日本で千五百年以上も食べ続けられている食品なんだ。」
父が話している。お酒が入ると饒舌だ。
「それを最近の若い者はパンだ、スパゲッティだと味噌汁を飲まなくなった。」
どうもそれを言いたいらしい。
「日本人は今70だの80だのと長生きになってるけど、そんな長生きの人たちは、50くらいまでは三度三度ご飯と味噌汁で生きてきたんだ。それくらい日本人に合った食事なんだよ。それを、見ててみい、今に日本人の寿命は41歳になあぁ・・・。」
「クスッ。」
麹子は思わず吹き出してしまった。
「麹子っ、何がおかしい、だいたいお前は今朝だって朝飯を食わずに・・・。」
「お父さん、そんなに大きな声を出さないで、麹子だってわかってますよ。ねぇ、きっちゃん。お父さんはちょっと寂しいのよ。温かいご飯と味噌汁、そして家族が揃ってこそ本当に長生きの食卓だものね。」
「麹子さんは栄養科の学校にいってらっしゃるんですってね。」
突然、河下に問いかけられて麹子は少しどぎまぎしてしまった。
「きっと料理が上手なんでしょうね。」
「えっ、いえっ、ダメなんです。」
「鞠子さんの朝飯、旨いんだろうなぁ。」
「えっ!?えっ!?」
「そうね、明日の朝ご飯は、きっちゃんにお願いしようかしら。」
父はただニコニコして見ているが、大賛成らしい。そう、本当はわかっているのだ。ご飯と味噌汁とみんなが揃った食卓の良さを。私が東京に行くまではそうだった。
「明日早起きしてみようか。」
ちょっとそんな気持ちになった。
第四章 母の味噌汁
しつこく引き留めようとする父の言葉を、丁寧に断って河下が帰っていった。突然やって来た時は、連れて来た父に対してその鈍感さに腹も立ったが、帰られてしまうとどこか寂しかった。
河下が帰った後、
「きっちゃん、もう少し一緒に話そうや。」
と言う父に、子供の頃のようにおどけて、
「べー」
と言うと部屋に戻った。そして、また、夕食の時に話していた事をぼんやり思い返していた。
鞠子は、今まで、母が中元だ歳暮だと言って人に「味噌』を贈るのが嫌いだった。父が会社で作ったものは、安く手に入る。それを「これはおいしいんですよ。」と言って人に渡す時、自慢とおしつけのように見えたからである。手前味噌という言葉があるが、あれは母の為にあるようなものだと思っていたくらいだ。しかしそれは、誤解だった事に気付いた。
何より母は父の仕事を本当に誇りに思っているのだ。父が仕事の話をしているときに母は何度もそうだと言うように相づちを打つのだ。鞠子には新しい発見だった。母が父をそれだけ認めているところも意外だったが、それ以上に母が父の作る味噌に愛情を持っていることが驚きだった。
「お母さんの味噌汁、おいしいわけよね。」
なんとなくつぶやいてみた。そう、私が東京に行くまでの朝ごはん、おいしかったなぁ。けっして豪華じゃないけど温かいご飯と味噌汁があって、みんなの顔が揃っていて、特別なことはないんだけど、幸せだった。
「そうか、あったかい味噌汁って、幸せなんだなぁ。」
またつぶやいてみた。
そして母が贈答用として、なえ味噌を選び、味噌を贈るのかの本当の意味がやっと分かったような気がした。
第五章 おにぎり
冬休みも残りわずかになった。家族の寝静まった夜、電気ストーブのスイッチを入れ、足元に引き寄せると鞠子は机へと向かった。レポートを書くためである。
「よーし、書くぞ!」
何となくいいものが書ける気がした。河下が訪れた夜の父を見て以来、鞠子は自分でも少し変わったと思う。レポートの内容もご飯と味噌汁について書こうと考えているのだ。
「ご飯と味噌汁を共に食すると、互いに不足している必須アミノ酸を補い合う形となるのでタンパク効率が良い。これは、理想的な食べ合わせと言える。このような組合せを考えだした昔の日本人は実に賢明・・・」
そこまで書いて大きなあくびが出た。気分転換に窓を開けたが、そのまま寝てしまったようだ。
「きっちゃん、まだ起きてるの。」
母の声で目が覚めた。手には、お盆を持って立っている。その上には、二個のおにぎりと湯気を立てた味噌汁が見えた。
「これでも食べて頑張りなさい。」
麹子のおにぎりを取った手にほのかなぬくもりが伝わってきた。
「窓なんか開けて寒くないの?」
そう言った母に、麹子は味噌汁を啜りながら、
「・・・寒くない。」
と答えた・・・。
麹子はアパートの電磁調理器のスイッチを入れた。あれから味噌汁のある食卓を実行しているのだ。麹子の部屋は、ガスが使えない。なかなか煮立たない鍋を見つめながら、あの晩のおにぎりと味噌汁を懐かしいような気分で思い出していた。














