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青源のこだわり

青源のこだわり

栃木県宇都宮市は近隣特産の優良な米と大豆、日光連峰水系の清冽な水源に恵まれた味噌造りに適した地です。

 

青源は寛永2年(1625)初代青木屋源四郎が宇都宮に創業致しまして以来、三百数十年にわたりこの地で味噌を造りつづけて参りました。お手元にお届けした味噌は全て、安心安全な原料を精選し、受け継がれてきた技術にこだわり、本物の味と安心を伝えつづけて今日に至ります。

 

「毎日使うものだから安心できるものを」今ここに真心を込めてお届けいたします。

受け継がれる念い

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宇都宮市宿郷町に応願寺というお寺がある。そこに青源の創業者初代青木屋源四郎の墓がある。大谷石で造られた墓石は、三百余年を経て原形をとどめないほどに風化している。またそれに連なる十数基の墓石には大きく立派なものもあるが、控えめなものもある。三百数十年の歳月とは、良いときもつらいときも、それらをつないでの三百余年なのである。


その流れに一貫した念いがある。

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「貴穀(きこく)」である。

「穀を貴び感謝のうちに業を営む」は、青源創業の志であり、受け継がれてきた精神でもある。
創業以来、時は移り、人は代わり、社会の仕組みも考え方も大きく変化したが、寛永2年(1625年)の創業以来、青源の歴史は大地からの恵みである穀物とともにあった。
当社は宇都宮の現在地、三番町(旧町名、石町)で米穀商として商売を続ける傍ら、江戸中期から味噌の醸造を兼業してきた。

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慶応4年(1868年)、戊辰の役の戦災で店舗を焼失、それを機に地元の大豆と米を原料とする味噌醸造業を専業とするようになる。
戦災はもう一度あった。大東亜戦争終戦間近の昭和20年7月12日深夜、宇都宮は大空襲をうけた。米軍の爆撃によって市内の大半と当社の店舗と工場はすべて灰燼と化した。

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しかし、この2度の戦災に耐えた蔵が1棟あった。江戸時代中期の文化年間に造られた土蔵造り石張りの蔵、「青源文庫蔵」である。この蔵に中で焼け残った「書」がある。(左の写真)

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穀(こく)を貴(とうと)しとする思いは、今も青源に受け継がれている。「身土不二(しんどふじ)」といわれるように、人の身体と地元の土、すなわち穀物野菜など土地から生えるものとはとは分かちがたいほどに一体のものである。日本人の主食である米と、タンパク質が豊富な大豆を原料とした味噌は、日本人のすばらしい発明であり食文化の礎をなしてきたものである。

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世界に冠たる長寿国日本の平均寿命を上に引っ張っている元気なお年寄りは、今まで何を食べて元気に暮らしてきたか。一見贅沢な欧米型の食生活への見直しが進んでいるのは、今や世界的な風潮となっている。
昔から味噌は身体によい食べ物だと思われてきた。古くから伝わる味噌に関する言い伝えなどには健康に関するものが多い。曰く「味噌汁は医者殺し」「味噌汁一杯、三里の力」「味噌汁は朝の毒消し」など…。

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これらのことが近年は医学的にも研究調査がすすめられ、その科学的裏付けが多く発表されるようになってきた。「味噌汁を毎日飲む人は、ほとんど飲まない人に比べて胃潰瘍、十二指腸潰瘍の罹患率が低い」とか、「胃がんによる死亡率では、まったく飲まない人は毎日飲む人に比べ50%も高い」「乳がん・肝臓がんの発生を抑える」など多くの研究結果が公表されている。
こうして華々しく「味噌の効用」が報道されると、味噌中のどんな成分が効果をもたらすのか、効能があるのか、といったことに関心が集まることになりがちである。

たしかに味噌はよい食品である。味噌汁は優れた調理法であり、食べ物である。しかし、その中に含まれる「何かの成分」だけがこのような効能効果を生んでいるのだろうか。あるいは何ものかとの栄養バランスの良さだろうか。

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それもあろうが、決してそれだけではないと思う。時に朝早く起きてお湯を沸かし実を刻んで、食べる時間にあわせてつくられた一杯の味噌汁。誰かが誰かのために準備した、温かいご飯と温かいお味噌汁のある食卓。そうした毎日の食卓にこそ、病気に負けない健康な「成分」が含まれていると思う。味噌はその小さいけれど確実な幸せのバロメーターといえるかもしれない。
地元のものを地元の人に届け続けた300年が、そんな健康と幸せに幾分でも貢献出来ていたとしたら、これに勝る光栄はない。

青源味噌株式会社 副社長 青木敬信

下野 宇都宮郷土史年表 ~青源の歴史を探る~
年号(西暦)青源の出来事宇都宮付近の出来事
寛永2年(1625年)初代青木源四郎が現在地に米穀商として創業
寛永5年(1628年)奥平太隅(大身)の次男、築瀬村に国恩寺を建設す
寛永6年(1629年)宇都宮藩領内寺院に命じて宗門改めを行わしむ。踏み絵の令を発す
寛永12年(1635年)参勤交代の制を定む
寛永13年(1636年)味噌醸造を始める
安永2年(1773年)西原組屋敷浜助鍛冶屋より出火、宇都宮町殆ど全焼
嘉永6年(1853年)ペリー浦賀に来る
明治23年(1890年)日光線鉄道開通
昭和20年(1945年)戦災にて店舗、工場消失第二次世界大戦終戦
昭和23年(1984年)㈱青源商店に改組、法人設立栃木県教育委員会発足
昭和38年(1963年)青源味噌株式会社に社名変更ラジオ栃木開局
昭和39年(1964年)農協味噌発売
昭和45年(1970年) 高級味噌『朝餉』新発売宇都宮の市花(さつき)決定
昭和51年(1976年)仕込み味噌推進開始・ギフト用味噌新発売第一回「宮まつり」開催
昭和56年(1981年)アンテナショップ 青源本町店を開設
昭和63年(1987年)みそキャラメル新発売
平成元年(1989年)本町店改装開店天皇陛下崩御、消費税施行
平成2年(1990年)みそしる亭開店・おまかせ仕込み味噌新発売世界選手権自転車競技大会の開催
平成6年(1994年)辛味噌だれ新発売
平成7年(1995年)ごまみそつゆ新発売・雷都水餃子新発売阪神大震災
平成8年(1996年)焼き餃子新発売
平成10年(1998年)創立50周年砒素入りカレー事件
平成12年(2000年)農協味噌100%県産大豆に切り替え二千円札発行
平成16年(2004年)地元の穀、宮こうじ、全匠みそ新発売消費税全額表示が義務付けられる
平成18年(2006年)餃子の店青源本町店リニューアルオープン、パセオ食品館リニューアルオープン
平成19年(2007年)手作り味噌教室開講
平成20年(2008年)餃子の具材をすべて国産化、皮までオール国産のプチ餃子新発売 雷都物語味噌新発売

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