以前から紅麹(べにこうじ)には血中コレステロールの低下など高脂血症の改善に効果がある成分が含まれると知られており、他の食品に混ぜて健康食品としたり、サプリメント化されたりしていました。今回、製薬会社が製造した紅麹サプリメントから健康被害が出て、大きな問題となっています。
本来、紅麹菌は長い歴史を持つ安全な微生物です。報道された当初は、紅麹という耳慣れないものに「なんか気持ちが悪い」「食べない方が良い」「怪しい」などと情緒的で根拠のない情報が広がりました。やがて混入が疑われる青カビに由来する「プベルル酸」という、誰も聞いたこともない毒性の高い物質が原因かもしれないといわれるようになりました。でも、その悪役の青カビが紅麹カビの群生の中に入り込み、増殖を続け、さらに中毒を起こすほどのプベルル酸を生成し、まんまとサプリメントに混ざり込んだとは簡単には考えられません。真の原因が明らかになるのはまだまだ先のことで、容易なことではないでしょう。
健康になるためのサプリメントで死亡に至る被害者が出たのですから、風評被害は甚大でサプリメント業界の売上減少は深刻です。各社は「当社は安全のために独自の厳格な衛生管理を行って製造しています」と広告を載せて自社製品は安全で衛生的であることをアピールしています。しかし一方では、生きものが行う代謝作用でつくられたものが、その環境や個別の生体の都合によって微妙な違いがでることも当たり前だといえます。
私たち人間は微生物を「原始的で単純な生物」と勝手に定義づけて「こうすればこうなるもの」と決めつけています。工業製品を物理的な加工によって作り出すように、微生物を使って自在にものが造れるものだと考えています。衛生的に行えば、厳密に管理すれば、最新鋭の設備を使えば、たとえ生きものであっても自由自在に操れるものだと思い込んでいないでしょうか。そうかもしれません。しかし、そうでないかもしれないのです。たとえ小さくても「いのち」という揺らぎを持ったものに関わっていることを忘れ、人間の都合をその傲慢で正当化しているとき、思いもよらなかった「そうではないこと」が起こるのです。
伝統的発酵食品は、すばらしい智恵によって創られました。そして「目に見えないなにものかの力」への敬意と感謝によって長い歴史の中で守られてきました。こうした事件と出会うたびに「除菌殺菌滅菌!」が叫ばれ、私たち人間が目に見えないものに対して、より凶暴になっていく気がしてなりません。
共にこの地球で生きていく生きもの同士であることに思いを致すこと無しに、良い形で共存していくことは出来ないと思うのです。